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富山県のAI活用事例|自治体・企業の導入例から分かる再現条件

更新日2026.09.02
確認時点2026年9月時点
調査数一次発表9件

富山県内でAI導入の検討を任されると、最初に「県内で実際に動いている前例」を探すことになります。ところが検索で見つかるのは全国向けの一般論が中心で、社内へ示せる県内の事例には、なかなかたどり着けません。見つかったとしても、いつの話なのか、誰が発表したのかが分からず、稟議の材料としては心もとないものが残ります。富山の公開事例は自治体側が先行しており、企業がAIに触れる近道は、自治体で動いた定型業務を自社の同じ型の業務へ読み替えることです。県庁の問い合わせ対応から始まった段階的な導入、市町村の3用途、そして県内メーカーの画像検査まで、対象は幅広く見つかります。そのうち発表元のページを開いて内容と年次を確認できた事例は、県・市町村・企業を合わせて9件でした。9件はいずれも、データ集約・繰り返し量・担当者という同じ3条件を満たしており、企業が自社の業務に当てはめて判断できる材料になります。

この記事でわかること

  • 富山県で公開されているAI活用事例と、それぞれの年次・発表元
  • 県庁の導入が問い合わせ対応から生成AI実証へ段階を踏んだ経緯
  • 市町村の事例を問い合わせ・交通・人流の3用途で整理した結果
  • 県内メーカーがAI画像検査を本稼働させるまでの期間と体制
  • 自社で再現できるかをデータ集約・繰り返し量・担当者で判定する方法
  • 小矢部市の生成AI補助金など、県内企業がAIに触れる入口

まず、富山のAI事例を探している方が抱きやすい疑問と、その短い答えを6つの行に分けて表にまとめました。

富山県のAI活用事例に関する疑問と短い答え
疑問短い答え
発表元で確認できる事例はあるか県・市・企業の一次発表で9件を確認できた
自治体は何にAIを使っているか問い合わせ対応・オンデマンド交通・人流計測の3用途
企業の事例はどこで確認できるか提供元ベンダーの導入事例ページに分散している
事例はいつのものか2020年から2025年。本文で年次を併記している
自社で再現できるかデータ集約・繰り返し量・担当者の3条件で判定する
使える支援策はあるか小矢部市の生成AI補助金が2026年度に募集中
※各行の詳細は本文の該当章で説明しています。

表の答えだけでは自社の判断に足りない部分を、年次と発表元を添えながら以下の章で順に補います。

富山県のAI活用事例は発表元を開いて確認できたものから読み解く

富山の事例を探しても、そもそも見つかるのかという不安があるかもしれません。結論から言うと、県・市町村・企業が自ら公開した発表ページで、内容と年次を確認できた事例は9件あります。編集部は、この9件だけを本記事の対象にしました。発表元を開いて確認できなかったものは、どれほど有名な事例でも載せていません。

編集部が発表元を開くことにこだわる理由は2つあります。ひとつは、稟議へ出す数値には、質問されたときに答えられる出典が要るためです。もうひとつは、AI導入の事例は年次によって意味が変わるためです。2020年のチャットボットと2024年の生成AIでは、同じ「問い合わせ対応」でも仕組みが違います。年次を併記しないと、読者は2020年の事例を最新の生成AI事例と誤解しかねません。

先に、本記事で繰り返し使う用語を4つだけ整理しておきます。

生成AI
文章や画像を新しく生成するAI。ChatGPTなどが該当し、質問の言い回しが変わっても回答を組み立てられる
チャットボット
事前に用意した質問と回答の組み合わせから、入力に近いものを返す自動応答。生成AIを組み込んだものと、従来型のものがある
実証実験
本格導入の前に、期間と対象を限定して効果を検証する取り組み。富山県では「Digi-PoC TOYAMA」という事業の枠で行われた例がある
一次発表
事例の当事者(自治体・導入企業・提供元ベンダー)が自ら公開した発表。第三者がまとめ直した記事は含まない

富山県のAI活用事例を県庁と市町村と企業の主体別に分けて年次とともに整理した全体マップ図

全体像を先に押さえておくと、富山の公開事例は自治体側に偏っています。県庁は2021年から段階的に問い合わせ対応をAI化し、2023年からは生成AIの実証へ進みました。市町村は問い合わせだけでなく、交通と人流にもAIを使っています。一方、企業の事例で発表元を確認できたのは1件でした。この偏りは弱点ではなく、企業がどこから入ればよいかを示す地図として読めます。

県庁のAI活用は問い合わせ対応から生成AIの実証へ段階を踏んできた

県は一体どこまでAIを使っているのか、という疑問から始めます。富山県庁の取り組みは、2021年の観光案内チャットボットに始まり、2022年には公式サイトへ問い合わせAIを入れました。そして2023年から2024年にかけて生成AIの実証実験へ進み、およそ1年ごとに段階を上げてきました。最初から生成AIを入れたわけではなく、問い合わせ対応という定型業務から小さく試している点が、企業にとっての読みどころです。

次の表は、発表元で確認できた県レベルの取り組みを、年次・内容・確認先の3点で年の順に並べたものです。

富山県庁のAI活用の段階
年次取り組み段階
2021年10月観光案内チャットボット導入
2022年4月公式サイトの問い合わせAI試験運用
2023年9月〜2024年3月生成AIの実証実験検証
2023年10月問い合わせAIをトップページへ範囲拡大
2024年10月問い合わせAI本格運用
※年次は各発表元の記載による。2026年9月2日に編集部が確認。各段階の内容は本文で説明しています。

表の右列を縦に読むと、導入・試験運用・検証・拡大・本格運用と、県が段階を飛ばしていないことが分かります。対象も「問い合わせ対応」という1つの業務に絞られており、2021年から3年以上かけて範囲を広げてきました。生成AIの実証も、その延長線上で書類検索という定型業務に向けられています。

富山県庁のAI活用が問い合わせ対応から生成AIの試験導入と実証実験へ進んだ経緯を示す流れ図

問い合わせ対応のAI化から始まった(2021年〜2022年)

富山県は2021年10月1日、県内すべての市町村と連携し、外国人向けの観光案内をAIチャットボットで県下全域に展開しました。県の発表では、全市町村と連携した県全域での導入を「全国初」としています。対応言語は英語で、AIが答えられない場合は有人オペレーターが引き継ぐ設計です。

翌2022年4月には、県公式サイトの問い合わせ対応に「AIさくらさん」を入れました。提供元であるティファナ・ドットコムの導入事例によると、最初は移住相談・自動車税・富山マラソンの3業務ページに限った試験運用でした。そこから2023年10月にトップページへ広げ、2024年10月に本格運用へ移っています。

同じ導入事例には、年間約3万7,000件の問い合わせに自動対応し、1件あたり5分で試算して年間約2,900時間分の業務を削減したという数値が載っています。この数値は提供元が公表したもので、どの年度の集計かは記載されていません。参考値として読んでください。

出典:富山県『AIチャットボットによる外国人向け観光案内サービスの開始について』(2021年10月1日更新)(2026年9月2日確認)
出典:ティファナ・ドットコム 導入実績『富山県公式サイト』(2025年10月15日公開)(2026年9月2日確認)

生成AIは書類検索という定型業務で実証した(2023年〜2024年)

県庁が生成AIに踏み込んだのは、2023年9月から2024年3月にかけての実証実験です。県内に本社を置くインテックが、県の実証事業「Digi-PoC TOYAMA」の2023年度テーマ「自治体職員の効率化・働き方改革推進」に採択され、県の職員と共同で検証しました。

検証項目は3つあり、書類をデータにする段階から順に組み立てられています。

1

書類のデータ化

書式や保管場所がばらばらな自治体の書類を、マルチモーダルAIでデータ化できるかを検証

2

書類検索

データ化した書類から、生成AIで目的の情報を検索できるかを2つのユースケースで検証

3

データ活用

公式YouTubeチャンネルのお知らせ用シナリオを、生成AIで作成できるかを検証

書式も保管場所もばらばらな自治体の書類をマルチモーダルAIでデータ化し、生成AIで検索できる状態にする、という流れになります。2024年1月末時点の成果として、広報情報・素材検索では約97%の割合で妥当なファイルを検索できたと発表されています。内訳は1回の検索で回答を得たものが61.3%、複数回の検索で得たものが35.5%でした。公式YouTubeチャンネルのお知らせ用シナリオ作成では、約86%の割合で利用できるシナリオが作れています。

出典:インテック『インテック、富山県と生成AIおよびマルチモーダルAIを 活用した働き方改革の実証実験を実施 ~複雑化・多様化する自治体職員業務の効率化検証~』(2024年3月7日公開)(2026年9月2日確認)

書類検索の実証が示す「文書データ整備」の順番

この実証で企業が注目すべき点は、検証項目の1番目が「書類のデータ化」だったことです。生成AIで検索するには、その前に検索対象の書類がデータになっている必要があります。県庁の実証は、生成AIの精度以前に、文書の整備が先に来ることを示しています。

自社に置き換えると、社内のマニュアルや過去の見積もりが紙やバラバラのファイルのままなら、生成AIを契約しても検索対象がありません。県庁の実証は「AIを入れる前に、何をデータ化するかを決める」という順番の教材として読めます。

市町村のAI活用は「問い合わせ・交通・人流」の3用途に整理できる

自分の市や町でも何か動いているのか、チャットボット以外にもあるのか、という疑問を持つ方は少なくないはずです。発表元で確認できた市町村の事例は、問い合わせ対応・オンデマンド交通・人流計測の3用途に分けられます。3用途に共通するのは、繰り返し発生する判断をデータ化している点です。用途が違っても、AIに任せている仕事の型は同じだと分かります。

次の表は、各市の公式ページで確認できた事例を用途別に並べ、AIが受け取っている入力データの種類まで示したものです。

富山県内市町村のAI活用(用途別)
用途自治体・名称開始年AIが受け取る入力
問い合わせ富山市 観光案内チャットボット2020年12月観光の質問文
問い合わせ魚津市 ミラChat2024年9月手続きの質問文
交通富山市 あいのり大山2023年10月利用者の予約
人流富山市 AIカメラ記載なしカメラ映像
※開始年は各市公式ページの記載による。AIカメラは市公式ページに開始年の記載がない。2026年9月2日に編集部が確認。

右端の列を見ると、質問文・予約・映像と形は違っても、いずれも人の手を借りずに繰り返し集まる入力です。4件のうち3件は富山市の取り組みで、魚津市のように小さな市でも生成AIを住民向けに出せているのは、LINEという既存の窓口に載せたためだと読めます。

富山県内の市町村によるAI活用を問い合わせと交通と人流の三用途に分けて開始年で整理した図

問い合わせ対応は「よくある質問のデータ化」が土台

富山市の観光案内チャットボットは2020年12月28日に始まりました。ブラウザ上で動き、アプリのインストールは不要です。日本語と英語で24時間365日、観光に関する質問に答えます。生成AI以前の仕組みですが、観光案内という「聞かれることが決まっている業務」にAIを当てた点は、今も参考になります。

魚津市の「ミラChat」は2024年9月30日にリリースされた、生成AIを組み込んだ自動応答です。市のLINE公式アカウント上で動き、次の7項目に答えます。

ミラChatが回答する7項目(魚津市公式ページより)

  • 魚津市立図書館について
  • マイナンバーカードについて
  • 魚津埋没林博物館について
  • 各種証明書の取得方法について
  • 魚津水族博物館について
  • 出産や子育てについて
  • ミラージュランドについて

市の説明では、送信されたデータを回答用の学習データには使わないと明記されています。トライアル時にあった音声での質問機能は、本運用では外されました。

2つの事例に共通するのは、答えの元になる「よくある質問と回答」を先に整えていることです。AIは問い合わせを受ける窓口を広げただけで、答えの中身は市が持っていた情報です。企業の場合も、問い合わせ対応をAI化する前に、答えの元になるFAQがどれだけ揃っているかが最初の確認点になります。

出典:富山市『観光案内用AIチャットボットサービスの開始』(2025年3月13日更新)(2026年9月2日確認)
出典:魚津市『ミラたんに教えてもらおう!「ミラChat」【LINE上で運用開始!】』(2026年4月1日更新)(2026年9月2日確認)

交通と人流は「予約・映像」という入力データの自動収集が土台

富山市の「あいのり大山」は、2023年10月2日に大山地域の市営コミュニティバス大庄循環線で導入されたAIオンデマンド交通です。時刻表や決まった経路を持たず、利用者の予約に対してAIがリアルタイムに最適な配車を行います。会員登録は無料で、運賃は1回200円です。ここでAIが処理しているのは、予約という形で自動的に集まる乗降地点と時刻のデータです。

同じ富山市のAIカメラは、富山駅周辺と中心商店街の28か所に52台を設置し、通行量と性別・年代の属性を計測しています。カメラの映像はそのまま記録されず、統計データに変換された後に破棄される仕組みです。計測結果は市のサイトで公開され、新規出店のマーケティングやイベントの効果検証に使われています。市の公式ページには運用開始日の記載がないため、本記事では開始年を書いていません。

交通と人流に共通するのは、人が入力しなくてもデータが集まる点です。予約は利用者が、映像はカメラが、それぞれ自動で入力を作ります。AIが判断できるのは、入力が繰り返し自動で集まる業務だという構造がここから見えます。

出典:富山市『あいのり大山(AIオンデマンド交通)』(公開日記載なし)(2026年9月2日確認)
出典:富山市『AIカメラを活用した人流データの計測について』(2025年12月10日更新)(2026年9月2日確認)

企業の事例は個別の発表に分散しており、入口は実証と補助金にある

自治体ではなく企業の事例が知りたい、という声が本記事の読者では一番強いはずです。県が企業事例をまとめた事例集は、2026年9月時点で編集部が確認できませんでした。企業の導入は、導入企業やベンダーの個別の発表として点在しています。本記事で発表元を確認できた企業事例は、富山小林製薬のAI画像検査の1件です。1件ですが、期間・数値・担当体制まで公開されており、企業が読むべき情報が揃っています。

企業事例は「数値と発表元」で選別する

富山小林製薬は、小林製薬グループで最大規模の工場を富山市に持つメーカーです。提供元シーイーシーの導入事例によると、包装のシール部分に光沢があるため、従来の画像検査では過検出率が約30%、見逃し率が約20%に達し、専任の検査員を配置していました。増産で2交代勤務になると、昼夜で計4人の検査員が必要になり、夜間勤務できる人材の確保に苦労していたと記されています。

導入の経過と結果を、提供元の導入事例ページに記載された項目に沿って時系列で整理しました。

富山小林製薬のAI画像検査 導入前後の変化
項目導入前導入後
見逃し率約20%0%
過検出率約30%2%
目視検査員専任を配置不要
生産体制2交代勤務3交代・約3割増産
※提供元シーイーシーの導入事例ページの記載による。2026年9月2日に編集部が確認。

導入後の数値だけを見ると劇的ですが、そこに至るまでの期間は決して短くありません。ライセンスを買ってから本稼働までの経過を、提供元の記載に沿って並べます。

富山小林製薬のAI画像検査 導入の経過
時期できごと
事前有償トライアルで98%の精度を確認
2019年7月ライセンス購入・学習開始
2020年6月ライン上でのテスト開始
2021年3月本稼働
公式サイト公式サイトを見る
※同上。ライセンス購入から本稼働まで約1年半。

この表で企業が読むべき箇所は、精度の数値よりも「約1年半」と「専任1名」です。AI導入が短期で終わらないこと、そして誰かが専任で学習を続ける必要があることを、この1件は数値付きで示しています。

富山小林製薬の事例から企業が持ち帰る点

  • 有償トライアルで精度を確かめてからライセンスを買っている
  • 検査モデルの構築を外注せず、自社で学習させて知見を残している
  • 専任1名を指名し、業務の割合を再配分して学習時間を確保している
  • 従来の検査システムを捨てず、AIは苦手だった工程だけに当てている

出典:シーイーシー 導入事例『富山小林製薬株式会社 様』(公開日記載なし)(2026年9月2日確認)

企業事例を自分で探すときの選別基準は2つで足ります。導入企業かベンダーの発表ページに、期間と数値が書かれているかどうかです。第三者がまとめ直した記事に数値だけが載っている場合、その数値がどの条件で測られたのかは分かりません。発表元まで戻れない数値は、稟議には使わないほうが安全です。

入口は県の実証事業と市の補助金にある

富山の企業がAIに触れる入口は、大きく2つあります。ひとつは、前章の県庁実証で使われた「Digi-PoC TOYAMA」のような県の実証事業です。インテックの発表によると、この事業は県が地域課題の解決のためにデジタル技術を活用した実証実験の費用と支援を行うものです。採択枠や年度の条件は変わるため、応募を考える場合は県の公式サイトで最新の募集要項を確認してください。

もうひとつは、市町村の補助金です。小矢部市は2026年度、市内の中小企業と小規模事業者が生成AIサービスを新たに導入する費用を補助しています。市の公式ページに載っている条件を表にまとめました。

小矢部市 中小企業等生成AI活用支援事業補助金の概要
項目内容
対象経費有料の生成AIサービス利用料
補助率対象経費の3分の2
上限額小規模事業者 5万円/中小企業 10万円
対象期間2026年3月〜2027年2月の利用分
募集2026年2月16日から予算上限まで
※2026年9月2日時点の小矢部市公式ページによる。対象は新規契約かつ月額・年額の固定プランに限られます。申請前に公式ページで最新の募集状況を確認してください。

表のとおり、補助率は3分の2で、上限額は事業規模によって5万円と10万円に分かれます。対象は有料プランの新規契約に絞られ、従量課金制のサービスは対象外です。すでに契約中のプランも対象外になるため、契約の時期と形態を先に確認する必要があります。

出典:小矢部市『【補助金】中小企業等生成AI活用支援事業補助金について』(2026年3月5日更新)(2026年9月2日確認)

補助金を待たない方がよいケース

一方で、補助金の採択を待つより先に着手したほうが早いケースもあります。無料版で試せる定型文書の業務が、その代表です。

生成AIの無料プランで先に試せる業務の例

  • 会議の録音や書き起こしからの議事録の要約
  • 定型の問い合わせ返信メールの下書き
  • 社内の問い合わせ履歴からのFAQの整理

小矢部市の補助金も、対象は有料プランの新規契約に限られ、従量課金制は対象外です。

補助金の申請には、対象経費の資料や市税の完納証明書など複数の書類が要ります。それを揃える間に、無料版で「自社のどの業務に効くか」を確かめておくほうが、有料契約後の無駄を減らせます。補助金は入口のひとつであって、着手の前提条件ではありません。

自社で再現できるかはデータ集約・繰り返し量・担当者の3条件で判定する

事例は分かったが、うちでも同じことができるのか、という疑問がここまでの読者には残るはずです。編集部は、富山の9事例を横に並べたうえで、再現できるかどうかを3つの条件で判定することを提案します。データが1か所に集まっているか、同じ判断が繰り返し発生しているか、学習と調整を続ける担当者がいるかの3つです。この3条件は編集部が提案する自社定義の判定基準であり、公的な指標ではありません。

3条件を県庁・市町村の事例と富山小林製薬の事例にそれぞれ当てはめ、自社で確認する項目まで一覧にしました。

再現3条件と富山の事例の対応
条件富山の事例での姿自社で確認すること
データ集約FAQ・書類・画像を1か所に集約対象業務のデータが1か所にあるか
繰り返し量問い合わせ年間約3.7万件・検査は連続同じ判断が月に何回起きているか
担当者県は毎月検証・企業は専任1名を指名学習と調整を担う人を決められるか
※編集部の自社定義による整理。判断列は自社の状況に合わせて上書きしてお使いください。

真ん中の列を見ると、自治体の事例も企業の事例も、3条件をすべて満たしていることが分かります。逆に言えば、どれか1つでも欠けている業務は、事例をそのまま持ち込んでも同じ結果になりにくいと編集部は考えています。

データ集約と繰り返し量と担当者の三条件から自社でAIを再現できるか判定する流れを示す判断図

自社の業務を1つ選び、次の5項目で自己診断してみてください。

再現可否の自己診断

  • 対象業務の入力データ(質問文・書類・画像など)が1つの場所に集まっている
  • 同じ種類の判断が月に100回以上発生している
  • 判断の正解と不正解を、過去のデータから人が示せる
  • 学習と調整を担当する人を1名決められる
  • 導入前の処理時間や件数を、いまの時点で数えられる

5項目のうち4つ以上に印が付くなら、富山の事例と同じ型の業務です。3つ以下なら、AIの前にデータを集める作業が先になります。

事例を当てはめて着手できる

  • 対象業務のデータが1か所に集まっており、同じ判断が繰り返し発生している方
  • 学習と調整を続ける担当者を社内で1名決められる方

先にデータ整備から始める

  • 対象業務の記録が紙やメールに分散している方
  • 判断のたびに条件が変わり、正解を過去データから示せない方


同じ3条件は、隣の石川県の事例にも当てはめられます。石川では県内企業の数値付き事例が複数公開されており、企業側の姿を確認したい場合はそちらが参考になります。

本記事で読み取れる範囲には限界がある

ここまでの情報をそのまま稟議に使ってよいのか、という不安を持つ方のために、本記事で読み取れることの限界を先に開示します。本記事が扱えるのは、発表元が公開した時点の情報です。現在の稼働状況、費用対効果、うまくいかなかった事例は、公開情報からは読み取れません。

読み取れることと読み取れないことを、両面で整理しておきます。

本記事から読み取れること

  • 年次と発表元が明確で、稟議の根拠として引用できる
  • 自治体事例は住民向けに公開されており、業務の型を確認しやすい
  • 県内の実証事業と補助金という入口が具体的に分かる

本記事では読み取れないこと

  • 発表時点の情報であり、現在も稼働しているかは保証できない
  • 自治体は住民向けの公共サービスで、企業の投資回収とは前提が違う
  • 公開されるのは進んだ事例に偏り、中止・縮小した事例は見えない

自治体事例と企業では費用の前提が違う

自治体のチャットボットや人流カメラは、住民サービスの向上や、まちづくりのデータ取得を目的にしています。導入費用に対して何年で回収するかという計算は、発表には出てきません。企業が同じ仕組みを入れる場合、費用の回収を誰が判断するのかが先に決まっている必要があります。

富山小林製薬の事例には、価格が明記され安価であったことが選定理由として書かれていますが、具体的な金額は載っていません。自社の見積もりを取る段階では、事例の数値ではなく、自社のライン1本あたりの人件費と照らして判断することになります。

公開情報からは失敗事例が見えない

発表されるのは、進んだ事例か成果が出た事例です。試したが止めた、規模を縮小した、という情報は公開されにくく、本記事にも載っていません。編集部が発表元を確認できず本記事から落とした事例も3件あります。県庁の生成AI試験導入(部署数や対象業務が報道で紹介されたもの)は県の公式発表を確認できませんでした。射水市の生成AIは、2025年に市がサービス調達の公募を行った事実までは公式ページで確認できましたが、導入後の内容が公開されていないため事例としては載せていません。富山市内企業のAIカメラ実証は、提供元のサイトが自動取得を拒否しており、原典を開けなかったため見送りました。

落とした3件は、存在しないという意味ではありません。発表元で確認できなかったため、数値や年次を書けなかっただけです。読者が自分で発表元にたどり着けた場合は、本記事の枠を超えて参考にしてください。

事例をそのまま真似ると失敗する条件がある

着手するときに、何を外せばよいのかを知りたい方も多いでしょう。富山の事例を自社へ移すときに固有に起きる失敗は3つあり、いずれも事例の中身ではなく、持ち込み方の問題です。

事例を持ち込むときの3つの失敗

  1. 発表元を確認していない数値を稟議の根拠にする
  2. 生成AIへ顧客情報や未公開情報を入力する
  3. 導入前の処理時間と件数を記録しないまま導入する

1つ目は、企業事例の章で触れた選別基準の裏返しです。第三者がまとめた記事の数値を稟議に載せると、質問されたときに測定条件を答えられません。数値は発表元まで戻ってから使ってください。

2つ目は、生成AIへ何を入力するかという、契約の前に決めておくべき問題です。魚津市が「送信データを学習に使わない」と明記しているのは、住民向けサービスだからです。企業が業務で使う生成AIも、入力した内容が学習に使われるかどうかはサービスと契約プランで異なります。

3つ目は、導入前の数値です。富山小林製薬の事例が「過検出約30%・見逃し約20%」から「過検出2%・見逃し0%」へ変わったと言えるのは、導入前の数値があったからです。県庁の実証も、検索の成功率を61.3%と35.5%まで分けて測っています。導入前に対象業務の処理時間と件数を1か月記録しておくと、導入後の判断が数字でできます。この記録はAIの契約前に、手元の表計算ソフトだけで始められます。

1

対象業務を1つ選ぶ

所要1日

定型の問い合わせか定型文書の業務から、月の発生回数が多いものを1つ選びます。

2

処理時間と件数を記録する

1か月

担当者ごとに1件あたりの処理時間と月の件数を表計算ソフトに記録します。

3

無料版で同じ業務を試す

記録と並行

生成AIの無料プランで同じ業務を試し、処理時間がどう変わるかを同じ表に並べます。

3段階を終えた時点で、導入前の数値と、AIを使った場合の数値が同じ表に並びます。この表があれば、補助金の申請でも実装業者への相談でも、判断の土台がそのまま使えます。

相談先は「データ整備」と「AI実装」の段階で使い分ける

誰に相談すればよいのか、という段階に来た方へ向けた章です。相談先は、データがまだ揃っていない段階と、実装に入る段階で変わります。データ整備の段階は公的な相談窓口や商工会議所、実装の段階は県内のIT事業者が担い手になります。順番を間違えると、実装業者にデータ整備の相談をして見積もりが膨らむ、という事態が起きます。

段階ごとの自社の状態と相談先の候補を、内製か相談か外注かの判断列を付けて整理しました。

段階別の相談先と進め方の判断
段階相談先判断
業務の選定商工会議所・産業支援窓口内製
データ整備同上・ITコーディネータ内製または相談
補助金・実証の活用市町村の商工担当課相談
AI実装県内のAI開発・導入支援会社外注
※判断列は自社の状況に合わせて上書きしてお使いください。各段階の自社の状態は本文で説明しています。

段階は上から順に進みます。どの業務にAIを当てるか決まっていない段階が「業務の選定」、対象は決まったが記録が紙やメールに分散している段階が「データ整備」です。表の4段階のうち外注が必要になるのは最後のAI実装だけで、それより前の3段階は自社と公的窓口で進められます。


実装段階で県内の依頼先を探す場合は、富山県内でAI導入支援や開発を手がける会社を状況別に比較した記事を別に用意しています。会社の選び方は本記事では扱いません。

データが揃っていない段階では実装業者へ行かない方がよい

実装業者は、AIに何を判定させるかが決まっている前提で見積もりを作ります。データ整備から依頼すると、整備の工数が見積もりに乗り、本来のAI実装より高くなることがあります。県庁の実証が「書類のデータ化」を検証項目の1番目に置いたのも、この順番を守るためです。データ整備は、自社と公的窓口で進めてから実装へ渡すほうが、費用も判断も自社の手元に残ります。

外注が向かないケース

一方で、自社にしかない判断基準が業務の中心にある場合、外注は向きません。富山小林製薬が検査モデルの構築を自社で行った理由は、不具合が起きたときに現場で対応できる知見を残すためでした。判断基準そのものが自社の強みなら、専任担当者を置いて内製する道が事例の示す答えです。外注が向くのは、判断基準を仕様として書き出せる業務に限られます。

富山県のAI活用事例に関するよくある質問

本文で触れきれなかった疑問を、質問と回答の形でまとめます。結論だけを先に知りたい方は、この章の回答から読み始めても本文の内容とつながる構成にしています。

A. 発表元で確認できたのは富山小林製薬のAI画像検査の1件です。導入前後の精度、約1年半の期間、専任担当者の体制まで公開されています。他にも導入はあると考えられますが、導入企業か提供元の発表で数値を確認できたものだけを本記事では扱っています。

富山のAI事例は「自治体で動いた定型業務」を自社に読み替えると使える

富山県内の前例を探していた方に向けて、本記事の要点を整理します。富山の公開事例は自治体側が先行していますが、そこには企業がそのまま読み替えられる型があります。県庁が問い合わせ対応から始めて生成AIの実証へ進んだ順番、市町村が3用途で繰り返しの判断をデータ化している構造、県内メーカーが約1年半かけて画像検査を本稼働させた経過の3つです。

本記事の要点

  • 発表元で確認できた富山の事例は9件で、県庁・市町村・企業の順に公開が厚い
  • 県庁は2021年の問い合わせ対応から2023年の生成AI実証へ、1つの業務に絞って段階を上げた
  • 市町村の事例は問い合わせ・交通・人流の3用途で、共通点は繰り返しの判断のデータ化にある
  • 富山小林製薬は約1年半・専任1名で、見逃し率0%・過検出率2%の画像検査を本稼働させた
  • 再現できるかは、データ集約・繰り返し量・担当者の3条件で判定する
  • 小矢部市の生成AI補助金が2026年度に募集中で、有料プランの新規契約が対象になる

次の行動として編集部が提案するのは、自社の定型問い合わせか定型文書の業務を1つ選び、現在の処理時間を1か月記録することです。この記録は、補助金の申請でも、実装業者への相談でも、そのまま判断の土台になります。記録を取りながら、無料版の生成AIで同じ業務を試してみると、3条件のどれが自社に足りないかが見えてきます。

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